20100413 放射線障害防止法におけるクリアランス制度の整備について(要望書)


   2010年2月1日
文部科学省科学技術・学術政策局
局 長  泉 紳一郎 殿

日本放射線安全管理学会
会長 桝本 和義


放射線障害防止法におけるクリアランス制度の整備について(要望書)

 この度、文部科学省におきまして放射線障害防止法へのクリアランス制度の整備が検討されていると伺っております。日本放射線安全管理学会は科学的根拠に基づく安全性の検討によって、放射性廃棄物の合理的な管理が進むことに対して賛同の意を表明いたしますとともに、以下に同制度についての基本的な考え方を述べます。


1. 日本放射線安全管理学会について

   本学会は、放射性物質の安全取り扱いに関わる科学的研究、測定や管理技術の開発、安全教育、リスク評価など総合的な安全管理学の確立に向けた研究者の団体として活動しております。このような放射線安全確保のための研究開発は、社会的に有益な放射線や放射性物質の利用の基盤を深めることとなり、より高度な放射線や放射性物質の利用を安全に推進するために必要であり、ここに本学会の存在意義があるものと考えております。その立場から、クリアランス制度はより合理的で、今後の循環型社会の形成に寄与するものとして強い関心を持っております。


 2. クリアランス制度整備の意義と放射線障害防止法における制度設計についての学会の考え方

   これまで、さまざまな環境物質の安全管理においては、一般社会にリリースする際には濃度による規制が行われておりますが、放射性物質の場合には“検出できない”ということが求められております。しかし、放射性物質は自然界にも有意に存在しており、そのような自然環境で我々が生活していることを考えると、この基準は合理的ではなく、かつ放射線検出器等の高度化は目覚ましく、現在では極微弱な放射線の検出や極微量の放射性同位元素の検出も可能になっています。このような状況の中で、放射性物質として管理する必要のない濃度レベルとして、“検出されないこと”から、自然放射線レベルに比べて十分に低いレベルであることを考慮したうえで“ある濃度限度以下”として定められることは、合理的であり、限られた資源の有効利用や環境保全の立場から非常に重要な意義があるといえます。さらに、クリアランス制度の発足によって極微量の放射性物質の取り扱い技術の開発が、研究課題として位置づけられ、今後大いに進展することが期待されます。このような研究は、放射線管理のみならず放射線や放射性物質の応用分野における研究の高度化に資するところも大であり、これまでとは異なる観点からの研究開発が推進されることになると考えております。このためにも、クリアランス制度の整備は大いに推進すべきものといえます。


3. 制度の運用上の課題について

   この制度の運用に伴って生じる可能性のある点についてコメントいたします。
 すでに施行されている規制免除の考え方とクリアランスの考え方についてそれぞれの目的と意義を明確にすることが必要かと思われます。平成17 年の放射線障害防止法改正において規制免除レベルが法令に導入された後も、その意義を見いだしつつも、全面的な適用に躊躇している施設が多くあり、クリアランス制度についても発足に先立ってその意義や具体的な方法について理解を深めておくことが重要と考えます。
クリアランスされた物質の取り扱いは、厚生労働省、環境省等他の省庁に関係してきます。各事業所が制度を適用する時に支障が発生しないよう、省庁間の十分な調整をしていただくことが不可欠といえます。
 クリアランス制度は、すでに先行している原子力施設と同様の制度を踏襲することが1案として検討されているようですが、放射線施設の場合は使用施設が非常に多く、施設の規模と放射線物質の量が非常に小さい施設が大多数である、という点で非常に異なっております。また、多くの放射性同位元素使用施設では、放射性同位元素は購入または譲渡によって入手しており、その使用数量は許可された量として制限を受けております。このことから、施設と利用の実態をよく把握し、運用上の様々な手続きや規制が足枷となって適用が困難となることのないように、柔軟で適切な対応を検討されることが望まれます。
 今回の法令改正では、放射線発生装置の取り扱いについて、放射化物が明確に取り込まれることになると思います。最近の放射線発生装置の研究開発には著しいものがあり、従来のように放射線発生装置を加速原理だけで分類するのでは稼働状況を把握し、適切に管理することが困難となることが懸念されます。安全管理の観点からは、放射線の発生強度(エネルギー、出力等)や使用目的によって分類し、それぞれにふさわしい適切な放射線安全を担保するよう考慮することが重要であり、これに沿ったご検討を望みます。さらに、放射化物の取り扱いについては、申請書別紙の変更、放射化の計算評価、施設基準、予防規定の見直しなど、その影響は非常に大きいといえます。そのため、関係する施設が対応を検討し、必要な変更を行うまでにはある程度の猶予期間が必要となります。施行までには十分な余裕をとることが望ましいといえます。
 また、この制度の施行が放射線安全管理者にとって過剰な負担とならないことも、円滑な運用をするために重要と考えます。当放射線安全管理学会の会員は研究者であるとともに、管理の実務も担っております。絶えず安全管理について十分な注意と努力を払ってきておりますが、日常的な管理にかなりの負担を強いられている現状があり、法令改正に伴って管理業務や設備投資において、必要以上の負担増加とならないような配慮も必要といえます。具体的な例として、施設廃止の際に、クリアランスを実行するという場合が生じますので、現在想定されているような「事業所の廃止の1月前に申請」ということになりますと、変更申請、予防規程の変更などに十分な余裕がとれない可能性があります。そのため、数ヶ月以上前からの申請も可能とすることが必要かと思われます。さらに、多くの施設は当初から想定された最大仕様で稼働する訳ではないことを考えますと、事前評価においては許可条件ではなく、実際の使用条件とそれに対応する記録等から評価することも認めていただくことが望ましいといえます。
 本学会におきましても、使用者が混乱を起こすことなく、制度を適切な適用できるよう、新法令の施行に対応したマニュアルの整備などに努めたいと考えておりますが、文部科学省としても円滑な施行のための体制作りを検討されることが必要であると考えます。


4. 国民への本制度の理解増進について

   クリアランス制度の運用にあたっては、国民に対し安全性を理解し安心していたくための努力が必要になることと考えております。本学会の研究発表でも、セキュリティも含めた総合的な安全管理システムの開発研究も報告されるようになってきましたし、放射線を取り扱うもの以外の多くの方々へのアウトリーチ活動に関する事例報告も増えてきております。このように、本学会も学会活動を通して一般の方々への放射線、放射能に関する理解の増進に努めて参りたいと考えております。文部科学省におきましても、積極的に国民への本制度の理解増進について努められるとともに、本学会の活動に対しても御理解と御支援をお願いする次第です。


5. おわりに

   以上、クリアランス制度に関して、放射線安全管理学会としての基本的な意見を述べました。実施に際しては、クリアランスの基準、検認を含む実施方法、検証等具体的な制度の設計が必要となりますが、それらの検討に際しては、上に述べたような基本的な観点を重視して頂くことが望まれます。
 今回は基本的な点についてのみ意見を述べましたが、今後必要となる具体的な要件についても今後検討を深めていく所存です。

-以上-